M8.1の地震に伴い大規模な津波が発生し、三陸沿岸の集落を壊滅させた。死者・行方不明者3,064名。この地震から「津波てんでんこ(てんでばらばらに逃げろ)」という言い伝えが生まれた。
1933年3月3日午前2時31分、岩手県沖の深さ約10kmを震源とするM8.1の地震が発生した。震源が浅く三陸沿岸に近かったため、地震後約30〜60分で大津波が到達した。深夜の発生であり、就寝中に津波が襲った地域も多かった。
津波は三陸沿岸のリアス式海岸に沿って増幅し、各入り江で大きな遡上高を記録した。
三陸沿岸の漁村は1896年の明治三陸地震津波でも壊滅的な被害を受けており、その後に集落が高台に移転した地域もあったが、再び低地に戻っていた地区では再び大きな被害が出た。
ハワイやアメリカ本土でも津波が観測された。
太平洋プレートが日本海溝沿いで沈み込む際のプレート内(アウタライズ)地震と考えられており、揺れの割に大きな津波が発生する「津波地震」的な性質を持っていた。震源の深さが非常に浅かったことも大津波の一因とされる。
「津波てんでんこ」は昭和三陸地震・明治三陸地震の教訓から生まれた三陸の言い伝えで、「津波のときは家族を顧みず、てんでばらばらに高台へ逃げよ」という意味。家族を探しに引き返して命を落としたケースが多かったことへの反省から生まれた言葉で、2011年の東日本大震災でもその教訓が再確認された。
昭和三陸地震を受けて田老地区では高さ10mの防潮堤建設が計画されたが、2011年の東日本大震災の津波はその防潮堤を乗り越えた。