🗼 関東大震災から100年、
東京はどう変わったか

最終更新: 2025年4月

1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災は、死者・行方不明者約10万5,000人という未曾有の大災害でした。あれから100年以上。東京はどう変わり、何が変わっていないのか—防災の視点から振り返ります。

目次
  1. 関東大震災の概要
  2. 当時の被害の実態
  3. 100年で変わったこと
  4. まだ残るリスク
  5. 首都直下地震との比較
  6. 教訓と備え

📚関東大震災の概要

1923年9月1日午前11時58分、神奈川県相模湾北西部を震源とするM7.9(一部の研究ではM8.2説も)の大地震が発生しました。震源の深さは約23kmで、関東地方の広い範囲が激しく揺れました。

約10.5万人
死者・行方不明者
うち約9万人が東京市(現在の東京都区部)に集中。
約29万棟
焼失・全壊建物数
昼食時の火災が多発し、東京・横浜の広い範囲が焼け野原に。
M7.9
マグニチュード
相模湾北西部の相模トラフを震源とする海溝型地震。

地震が発生したのは昼食の準備をしていた時間帯であったため、各地で同時多発的に火災が発生しました。東京・横浜を中心に広がった大火は2〜3日にわたって燃え続け、死者の多くは揺れではなく「火災」によるものでした。

⚠️当時の被害の実態

関東大震災の被害を拡大させた要因は複数あります。

① 火災の大規模延焼

東京市内では当日だけで130か所以上で出火し、木造密集市街地が一気に燃え広がりました。特に旧本所区(現・墨田区)の「陸軍被服廠跡地」では、避難民が持ち込んだ家財道具に引火した旋風が発生し、一か所で約3万8,000人が死亡するという悲劇が起きました。

② 津波の発生

相模湾・三浦半島・伊豆半島の沿岸部では高さ8〜13mの津波が到達し、多数の死者が出ました。熱海では高さ12mの津波が記録されています。

③ 液状化・地盤崩壊

川崎・横浜の埋立地では液状化が多発し、建物や鉄道が被害を受けました。

当時との違い:1923年の東京の建物のほとんどは木造で、耐震基準もほぼ存在しませんでした。また人口密度も現在と大きく異なり、建物が密集した市街地が広がっていました。

100年で変わったこと

① 耐震基準の導入・強化

関東大震災を契機に1924年に日本初の耐震規定が市街地建築物法に盛り込まれました。その後1950年に建築基準法が制定、1981年に「新耐震基準」が施行、2000年にさらに改訂されました。現在の建物は強い地震への耐性が大幅に向上しています。

② 不燃化の推進

かつて木造家屋が密集していた下町エリアも、震災・戦災後の区画整理・不燃化促進によって耐火建築が増えました。東京都は「木造住宅密集地域の不燃化10年プロジェクト」を進め、特に火災リスクの高い地域での不燃化を推進しています。

③ 防災インフラの整備

④ 防災意識・教育の向上

9月1日が「防災の日」として制定され、全国各地で避難訓練が行われるようになりました。防災教育が学校教育に組み込まれ、防災意識は100年前と比べて大幅に向上しています。

⚠️まだ残るリスク

木造密集市街地(木密)

東京には現在も木造密集市街地(木密地域)が残存しており、特に足立区・墨田区・荒川区・葛飾区などに集中しています。東京都は「整備地域」として特に密集度が高く延焼リスクの高い地域を指定し、不燃化・道路拡幅を進めていますが、完全な解消には至っていません。

旧耐震建物の残存

1981年以前の旧耐震基準で建てられた建物が、現在も東京都内に多数残っています。特に個人が所有する戸建て住宅・中低層マンションで旧耐震建物の割合が高く、強い揺れへの対応が課題です。

軟弱地盤・液状化リスク

東京の東部・湾岸部・埋立地は軟弱地盤・液状化リスクが高い地域です。首都直下地震が起きた際、1923年と同様の被害が発生する可能性があります。

現在の東京のリスク:建物の耐震化は進みましたが、木密地域の延焼リスク・旧耐震建物の倒壊リスクは現在も解消されていません。「東京は安全になった」という過信は禁物です。

📊首都直下地震との比較

現在想定されている「首都直下地震(M7クラス)」が発生した場合の被害想定(内閣府・2013年)は以下のとおりです。

項目関東大震災(1923年)首都直下地震(想定)
マグニチュードM7.9M7.3(想定)
死者数約10.5万人約2.3万人(最悪時)
建物被害約29万棟約61万棟(全壊・焼失)
主な被害原因火災(9割超)建物倒壊・火災・液状化

首都直下地震の想定死者数が関東大震災より少ないのは、耐震化の進展・消防力の向上が反映されているためです。しかし建物被害棟数は首都直下地震想定の方が多く、広域に及ぶ被害の影響は甚大です。

📖教訓と備え

関東大震災100年の教訓を踏まえ、今私たちができることをまとめます。

100年の教訓:関東大震災で最も多くの命を奪ったのは火災でした。現代においても木密地域での延焼リスクは存在します。「揺れへの備え」だけでなく、「火災への備え」(家具固定・消火器・延焼しない建物への耐震改修)も同時に進めましょう。